旅は良きもの

昔、旅行が好きだった。夫とは勿論、一人の時もあちこち行った。若い時に出掛けて良かったと思う。 今でも一人旅を夢想する事がある。新緑の遊歩道、山の紅葉、のんびりと田舎道を歩くのも良い。でもその行く手を遮るものあり、例えばイノシシ、例えば熊やスズメバチ、一対一なら人間も怖い、或いは突然の雷鳴に不整脈。続けて浮かぶのがこれだから、年は・・と…

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思いつくまま

今年7月、幻となったオリンピック期間は半分は梅雨空、半分は酷暑だった。思えば原発アンダーコントロール宣言の後、ドタバタ騒ぎは途切れを知らず、それでも最後は帳尻合わせで何とかなると楽観する向きの方が多かった。でも始まりを間違うと何であれ取り返しが付かない、そしてコロナだ。 この先、新国立競技場をマスク無しの観客が埋め尽くす未来はあるのだ…

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リハビリ継続中

2018年12月、夫が受けた大腿骨骨折の接合手術は成功しました。1年半経った今も足の長さが両足で違うとか、曲がっているとか、金属が飛び出したりとか、痛がったりとか一切ない。傷跡もほぼ消えた。夫は地に着いた両足を取り戻したのです。 それでも、徐々に歩みがおぼつかなくなっているのは脳の神経細胞のせい。転んだ傷は治せても、全ての事の始まりま…

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柵はお守り

夫の退院前、使用中のベッドを一つ処分して、電動ベッドをレンタルしました。古くてもベッドはそうそう壊れない、でも私のはたまに小さくギイッと鳴った。今は残した夫のベッドを頂戴し掛布団も新しくしてとても快適。ただ眠れない。 追い詰められた試験前夜でも、15分の仮眠のつもりがなぜか30分の遅刻登校となった昔。なんであんなに眠れたのかねえ。 …

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自宅にて

令和2年、私も夫に続いて高齢者の枠組みに加わりました。四季で言えば晩秋辺りか、植物なら芽を出し花を付け、種を残して淡々と営みを終えて行くのだろうが人はそうすんなりとは行かない。 平均寿命や健康年齢など考えて自分なりのシナリオを描こうとするが、それでなくても不安定なご時世にコロナが追い打ち、5年10年どころか次の2週間を無事にやり過ごす…

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カミングホーム

今回、夫が帰宅するに当たって介護保険で何が出来るか、また他にどんな助けを得られるのか、人の知恵も借り、自分でも考えました。30年前、祖母を自宅で看取った頃、ほとんど使えるサービスはなかった。今だったら、もっとお世話が出来たのでは?そう考えると少し悲しい、やはり進歩した事もあるのです。 まず介護ベッドで転落防止の柵を設け、車椅子を用意し…

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リハビリの3ヶ月

リハビリの病院はいろいろな意味で恵まれていました。時間割で入れ替わり理学療法士がリハビリに部屋を訪れてくれる。本人がその気なら、回復は早いだろうと思います。 でもその頃、夫の大声は極限に近く酷くなり、もしや病院を出されるのではと私はそれが気になってたまりません。毎日夕食の介助には必ず行って食堂で騒がないよう気を遣いました。しかし朝も昼…

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入院と転院まで

手術3日後には短いリハビリが始まりました。車椅子でリハビリ室に移動して、まず立つところから。翌日からは歩行器を頼りに足を踏み出してみる。痛みは少しずつ減っているようだし、後は夫のやる気で順調に回復するはず、でした。 そんなに甘くはなかった。夫には全く指示が入らないから、ともかく痛そうな事はやらないし、入院生活のストレスもあってか意味不…

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転倒

夫はそれまでにも椅子の横に腰を下ろそうとした事がありました。同じ場所でも、夫と私が見ている景色は別物、説明して改善できる訳もなく何度かは床にゴロンもあったのですが。 昨年11月、部屋に飛び込んだら夫は椅子の前で転倒していました。体勢からして安楽椅子の肘掛けにでも座ったのではないか、音の大きさを思うとかなりの衝撃をもって上の方から落ちた…

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嫌な予感

私が予言したとおり(否、どなたも考える事でしょうが)気候は益々厳しく猛々しくなっています。30年後の予測をしているようでは世界は終わりかも。今年、生まれて初めて土嚢の準備をしました。台風19号の時です。どんな雨がどれ程降るのか、天気図を見ながら待つ気持は地震とは違う恐怖、今日やり過ごせても明日は分かりません、それがこれから毎年起きる。次…

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そして令和

令和という時代を迎えました。滑舌が悪くなってきたのでラ行の音は余り好まないし、みんなが新元号に大騒ぎする気持も理解出来ませんでした。しかし区切りとして考えた時、実は結構な意味があると思えて気ました。生まれてから夫と結婚するまでが昭和、平成は健康と病気が半分ずつの30年、その最後の年に父を送り、令和を夫婦の老年期の始まりとして迎える。 …

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私が願う夢は の巻

今年、結婚30年を迎えます。これを真珠婚式と呼ぶらしい。 真珠か。 もし夫と平穏無事に30年来ていたら、夫は内緒でパールの指輪でも用意したろうか。 ない、絶対にない。今そんな夫が現れたら間違いなく偽物だ。 夫は来年65才になり、高齢者の肩書きを得る。病気の発症も来年以降であったなら 若年性とか早発性とかいう冠も病名の上には…

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夫、台所で夢を見るの巻

夫の姿勢は少しずつ前屈みになってきました。 真横から見た姿はお年寄りの様子に似ています。 私と両手を繋がなければ、なかなか歩きもしません。 気になるのは夫がいつも少し右側に首を傾げているように見えること。 時々夫の顔を両手で挟んで、曲がってるよ、とひょいと真っ直ぐにするのですが、 そんなとき夫はちょっと笑って、でも離せばす…

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夢でお喋りの巻

久し振りにここに書くに当たって数年前からの文章を読み返してみましたが、実感として 夫の病気はそれほど進行はしていなくて、一見して平らにしか見えない緩やかな勾配の下り坂を 相変わらずゆっくりと歩んでいるように思えます。 もっとも毎日一緒にいるから変化が分からない。実際の所、今もその延長にいます。 夫は一時期、入浴や歯磨きなどに…

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若くないっす

季節は巡ってまた春が来ました。 これだけ間が空いてしまうと、何から書くべきなのか分からなくなります。 夫の言葉など心に残った事は、後から書くつもりで頭の中にメモるのですが、その内いつの間にか忘れて しまい、そういう状況が少なくなってきているだけに、残念で悔しくなることもありますね。 夫のその後の変化で言えば、トコトコ、ド…

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良かったなあ

結局その時はいつとも言えず、ただあっけなくやってきました。 夫は今年の3月まで なんとかデイサービスを続けました。1年と5カ月。 週2回を途中から3回に増やし頑張りましたが、すでに夫は人と関わることは難しく、 その状態で多分職員の手を煩わせる事も多かっただろうと思います。 本当は穏やかな方なのに、他の利用者さんに怖い人だ…

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父の事、母の事

夫の両親の事を書いておきたい。  昨年の12月、父の13回忌の法要がお寺で営まれました。 連絡を貰い、夫と一緒に出掛けるについてはやはり迷いがありました。 兄弟親戚には何年も会っていないし、何より夫にはその記憶が残念ながら消えている。   でも何か思い出す事が少しでもないものか。皆と対面の時を迎えれば、の期待も僅かながら。…

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近況

夫の運転免許はずっと以前に失効しています。 夫の場合、車が好きだっただけに運転に固執するのではないかと一時心配したものの それは杞憂でした。 私が運転、自分は助手席、それが何度か続いたら そういうものかと達観したのかもしれないし、 自ら諦めたというよりは 車への愛着や関心自体を失っていったのだと思います。 しかし、今で…

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蝉が鳴いた

7月25日 初蝉が鳴きました。 或いはそれよりずっと早かったのかも。 窓を閉め切ってエアコンだから気付くのが遅かっただろうと思います。 5月の話、夫が2日程かすれ声になったと思ったら3日目にほとんど声が出なくなりました。 他に目立った症状はないのに熱を測るとその度に高くなる。 夕方まで様子を見たが、翌日が日曜だと思うと下がら…

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今が一番良い。

昨年の大晦日に夫の下着は布から紙へと変わりました。 紙のパンツは、災害や非常時の備えとしても必須アイテムだとは確信しているけれど 夫の場合、元に戻すことは少々難しくなったかも。 トイレで座ってさえくれれば通常のように出来るのだけれど、夫の病気は本当に手強い。 着替もお風呂も髭剃りも、覚えのない夫から協力を得るのは至難の業と言…

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