若年性アルツハイマーの夫との日々

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zoom RSS 蝉が鳴いた

<<   作成日時 : 2015/08/01 12:17   >>

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7月25日 初蝉が鳴きました。 或いはそれよりずっと早かったのかも。
窓を閉め切ってエアコンだから気付くのが遅かっただろうと思います。

5月の話、夫が2日程かすれ声になったと思ったら3日目にほとんど声が出なくなりました。
他に目立った症状はないのに熱を測るとその度に高くなる。
夕方まで様子を見たが、翌日が日曜だと思うと下がらない熱に次第に不安が募ってきました。
39度になった時、時間外でしたが病院に電話し車で連れて行く事にしました。

夫は時々車に乗り込む段取りが分からなくなることがあり、そうなると一度ドアを閉めてアプローチ
からやり直し、頭をかがめ、片足を上げて入り座席に座る動作が反射的に出来るまで繰り返さねば
なりません。この日は体調も悪かったせいか、どうやっても乗れなくなってしまいました。

これではタクシーを捕まえても同じ事、無理やり押し込むなんて芸当は私には出来ない。
諦めかけたけど、隣の夫は熱のせいなのか無表情でぼうっと突っ立ったまま。
大変だ、夫の脳が熱にやられてしまう。 動転した私は救急車に助けを求めました。

救急車はすぐ来てくれたし、立っていられる状態なら大概の人は自力で車の後ろから乗り込む。
皆それを待っている訳だけど、夫は頑として足を上げない。
担架を降ろせ、と一人が言って、寝させて乗せる積もりだろうけど、もっと無理なのは明白だった。

このままでは救急車に乗れない。

救急車の横のドアは後ろよりステップが低く、私がそこで夫を後ろから抱っこするように持ち上げると
片足がそのステップに掛かりました。後は隊員の人が中から引っ張り上げて座らせてくれました。
乗りました、なんとか。

病院の救急外来では案の定 夫が採血を拒否しました。 
当直の医師からは こうなると子供と同じだから 押さえつけるか鎮静剤しかないよ、と言われました。
夫は多分、押さえられて採血し、その後どのようにしてかレントゲンも撮りました。

そうこうするうちに夫は不思議な程落ち着いて声も戻り始め、熱もピークから下がってきました。
検査の結果を二人で廊下を行きつ戻りつして待ちましたが、夫の反応からも大丈夫だと感じました。
気管支炎だろうとの事、白血球と炎症値は高かったけれど、薬を貰って帰される事になりました。

病院の前には何台かタクシーがいて、あまり苦もなく夫を乗せることが出来ました。
あれに乗らなきゃ歩くしかない、私の気持が夫にも伝わったかそれとも同様に疲れ切っていたのか。

後日、抗生剤を飲み終わる頃には夫の症状もすっかり良くなりました。

怒濤のように流れた数時間、あれは一体なんだったのでしょう。
重大な病気ではなかったという安堵感、今後夫の健康を維持していく事への不安感、
おまけに今回は救急車をタクシー代わりにしたような、ばつの悪さが加わりました。

あの日、救急車から見る景色はいつもと全く違いました。
サイレンは蝉のようにけたたましく鳴いて人と車を停止させて進みましたが、乗っていると煩くはない。
夫をなだめながら、頭の一部でそのサイレンを聴いていました。






































 

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更新待っています。
ゆき
2015/10/01 20:01

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