若年性アルツハイマーの夫との日々

アクセスカウンタ

zoom RSS 元気です。

<<   作成日時 : 2014/01/19 20:26   >>

トラックバック 0 / コメント 0

12月に入った頃から今日まで、あっと言う間に日が経ちました。

夫は、ほとんどじっと座っていられずに、食事の最中でもちょっとトイレに、と立ち上がる。
本当にトイレに入ることもありますが、大体はその辺をただ歩くだけ、食事もトイレも忘れてしまう。

仕方ない、としばらく黙認していたら ますます食が細くなってしまった。
ここは厳しく行きたい。 食事の途中で立つのは今後絶対ご法度だ。

夫は今まで通り、楽器もこなす、卓球もやる、ただ、ほとんどの事を忘れました。

大晦日までの二日間で、夫はトイレの失敗が3度あり、夫と廊下を濡らしました。
かなりのショックでしたが、徐々に、それだけは忘れるなと繰り返すばかりの自分が阿呆らしくなり。
夫の病気と付き合ってきた今までの年月が言わせた言葉が 忘れるな ではね。

トイレを探すという状態から、トイレを見ても分からない、という状態に移行してきたのが今かも知れない。
でも手伝ったりすると嫌がる、子供じゃない、大人のプライドがあるのです。

お年寄りの入浴介助などでは、なぜあなたが脱がないのに私だけ脱がせるのか、と怒る方もいると
聞きます。こちらのやり方は本当に正しいのか、私にも問われているような気がします。

確かに、夫の病気はまた新しい局面を見せ始めました。
でも知恵と工夫と臨機応変でやっていく、1日でも長く健康を保ってもらうために。

それにしても、夫の病気は決して止まってくれるものではないらしい。

気が付けば、夫の言葉が理解出来ない、何を言いたいのか察したいのに、苦しくなるほどに分からない。
どうして 座っていられないのか、今何がしたいのか、もはや夫自身の口からきちんと語れないなら、
私は、もっと昔に、病気と分かった時点で沢山聞いておくべきではなかったか。

いつか話せなくなる日の為に、話したいことは話しておいて、と。
知恵と工夫と臨機応変が 全然通用しないのは こういう事を考える時です。

年末、大掃除なんて言葉は頭からすっかり消えていたけれど、夫の父の命日は墓参が恒例になっている。
私もこれだけは忘れなかった。

夫は手を合わせるのも忘れたから 二人で横に並んでお墓の前に立ちました。
こうするんだよ、と手を合わせて目を閉じてお祈りの見本、 それから夫を見ると、
夫はお墓から横を向き、隣の私に手を合わせて目を閉じている。

お父さんはこっちだよ、夫の向きを変えて、気を取り直してもう一度。

今年も二人で来ました、元気です。







 


テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
元気です。 若年性アルツハイマーの夫との日々/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる