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人は、多かれ少なかれ、現在までの記憶をその時々の年齢や出来事に 結びつけて持っているものだと思います。 私の場合、10才程の小学生が、昔はね、なんて話すのを聞いて、そうそう自分も そんな風に言ってたっけ、と当時を振り返ることがありました。 その頃は2才上ならもう年で、18までは許せるけれど、19は若さも終わり、40は もう何才かさえ気にもならなくなるような年、21世紀を45才で迎える自分に楽しみは なく、そしてその先は予測の範ちゅうでさえないように思った時代もありました。 ところが良くしたもので、関心事も悩んだ事もその年々で入れ替わり、一番先っぽ にいる自分が、やはり一番重要で、年齢故のあきらめのようなものはあっても、21 世紀以降、楽しみゼロなんて事はありませんでした。 実際、すべての悩みは私の過去の引き出し、今この瞬間だけが現実です。 夫は、年を取ったから、といつからか口にする事が多くなりました。 キャリアが物を言う世界です、定年はありません。まして嫌々やってきた仕事では ない。夫に理解できない事すべて、仕事の量や、能力の衰え、忘れる事実を、 そう言う事で自分自身に説明を付けたかったのだと思います。 夫の病気を知り、私も混乱の真っ只中にいました。 自分が子供の時想像した楽しみゼロの大人の世界が、現実に夫のところに やってきたような気がしました。 夫はこれから先、楽器に触れることさえしなくなる、それでいいのか。 2006年1月29日、私は夫を練習に誘いました。 アルツハイマーと診断されて一週間後のことです。 最後がいつだったか思い出せないほど久し振りの練習にです。 |
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最近は、読んだ記事さえも理解出来ているのかどうか分からないことですが、それでも読んで貰ったり説明した貰ったりして、何とか考えるというか気持ちが動くことがあります。有難いことです。 |
にんじんクラブ あやちゃん 2007/12/12 23:20 |
あやちゃん |
robin 2007/12/14 08:17 |
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