若年性アルツハイマーの夫との日々

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 混乱

<<   作成日時 : 2007/12/08 22:24   >>

トラックバック 0 / コメント 2

人は、多かれ少なかれ、現在までの記憶をその時々の年齢や出来事に
結びつけて持っているものだと思います。

私の場合、10才程の小学生が、昔はね、なんて話すのを聞いて、そうそう自分も
そんな風に言ってたっけ、と当時を振り返ることがありました。

その頃は2才上ならもう年で、18までは許せるけれど、19は若さも終わり、40は
もう何才かさえ気にもならなくなるような年、21世紀を45才で迎える自分に楽しみは
なく、そしてその先は予測の範ちゅうでさえないように思った時代もありました。

ところが良くしたもので、関心事も悩んだ事もその年々で入れ替わり、一番先っぽ
にいる自分が、やはり一番重要で、年齢故のあきらめのようなものはあっても、21
世紀以降、楽しみゼロなんて事はありませんでした。

実際、すべての悩みは私の過去の引き出し、今この瞬間だけが現実です。

夫は、年を取ったから、といつからか口にする事が多くなりました。
キャリアが物を言う世界です、定年はありません。まして嫌々やってきた仕事では
ない。夫に理解できない事すべて、仕事の量や、能力の衰え、忘れる事実を、
そう言う事で自分自身に説明を付けたかったのだと思います。

夫の病気を知り、私も混乱の真っ只中にいました。
自分が子供の時想像した楽しみゼロの大人の世界が、現実に夫のところに
やってきたような気がしました。

夫はこれから先、楽器に触れることさえしなくなる、それでいいのか。

2006年1月29日、私は夫を練習に誘いました。
アルツハイマーと診断されて一週間後のことです。

最後がいつだったか思い出せないほど久し振りの練習にです。















設定テーマ

注目テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
最近は、読んだ記事さえも理解出来ているのかどうか分からないことですが、それでも読んで貰ったり説明した貰ったりして、何とか考えるというか気持ちが動くことがあります。有難いことです。

今日読んで貰ったこの記事で、私が思うことは、手を使ったり身体で触れたりして身につけたことはそう簡単に消えないんじゃないか、と言うことです。前と同じように一流に出来ないことはあるかも知れませんが、その事をやっていたという事はそう簡単に消えてしまうとは思えない。
環境とサポートがあれば・・・と思います。

(今日は、あやちゃんの代筆をさせて貰いました。彼女が話したことを要約したので、もしかしたら間違っているかも知れません。その時はまた書き直します。ただ、彼女の言いたいことが分かるような気がしているのです。それは彼女の仕事、難しそうな数式を書いているときは病気の人ではないような印象があります。そういう意味で、その事に賭けてきたものがあるのならば、と私も思ってしまいました。失礼をお許しください。  紺野)
にんじんクラブ あやちゃん
2007/12/12 23:20
あやちゃん 
紺野さん
お返事が遅れて済みません。
今、次のブログを必死に書いています。

音楽との関わりについては、なかなか書く気持に
なれずにここまで来ました。
でも今年中に、私自身いろいろな事を忘れる前に
書いておきたいと思いました。
楽器の事など、自分でももどかしいような書き方で
嫌なのですが、広いようで狭い世界の話です。
お許し下さい。

あやちゃんがおっしゃる通りだと思います。
自分の体が覚えているから、夫は卓球もどんどん
強くなって来ました。卓球をしていると、夫は
よく笑うので、私もうれしい。
すべてがそうであったらな、と思います。

今年もあとわずかです。
今はどこもイルミネーションがきれいですね。
少し早いですが
Have a very merry Christmas!
robin
2007/12/14 08:17

コメントする help

ニックネーム
本 文