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夫と知り合ったのは音楽が縁です。 音楽を生活の糧にしている人も、まわりでたくさん見てきました。 だから、それだけで生活していくことの大変さは良く知っています。 どの分野においても、ほんの一握りの天才の下に一流と呼ばれるべき人がいて、 そこに才能と努力と、持って生まれた運のような何かがもし必要なんだとしたら、 夫は残念ながら音楽家として一流への道は歩けませんでした。 大体のジャズ仲間は仕事の内容より、仕事を得る事がまず先決、選んでいたら 赤字になります。時間は昼夜反対、今月が良くても翌月は駄目、たとえバイト をしたところで同年代のサラリーマンの収入の比較になりません。 病気になれば代わりを見つけて、自分でギャラまで保証する。 決して甘い世界ではない、練習以外の努力も必要、体を張った仕事です。 好きでなければ、続きません。 でもプレーは個人だが、他の楽器と合わせて新しいサウンドを生み出す共同作業、 それが時には、たとえ小さなライブハウスでのほんの束の間の感動でも人に与え、 自分にも喜びが訪れる、だから苦労があっても続けるのでしょう。 夫が病気と分かる前、音楽への情熱をなくしてしまったような姿が不満でした。 脱サラして選んだ仕事です、好きだからこそ飛び込んだ世界です。 仕事があってもなくても、練習はいつもしていました。椅子に座っているきりの夫は 私が結婚した夫ではない。いらつき、怒りました。 そのことが後で私を苦しめました。書くに書けない苦しみとなりました。 夫は、曲目も、決め事も、即興も最後の仕事の頃どの程度こなしていたのか、 2004年の初め夫はレギュラーの仕事を失いましたが、その頃すでに夫には難しい 段取りがあったろうと思います。私はすべては夫の実力、と思っていましたが 知らないところで何かあったかもしれません、本人にも理解できない事が。 当時、仕事ともいえない手伝いで車で出かけると、帰った頃はいらいらした顔を見せ る事もあり、私がそんな仕事はやめたら、と言った事もありました。 お金にならなくとも、もっと輝いていて欲しい、そんな意味の事も言いました。 夫の病気がわかり、私にはいろいろな疑問が解けました。 夫は最も好きだった事を失ったのです。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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こんばんは、お久しぶりです。 |
こまめ 2007/12/04 23:53 |
はじめまして。63歳の父がアルツハイマーと診断され11月で1年になりました。いつも読ませていただいています。 |
りい 2007/12/05 00:14 |
こまめさん |
robin 2007/12/05 13:51 |
りいさん |
robin 2007/12/05 14:15 |
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